悲しみへの準備はできません
人は病気や悲しみについてなど自分の世界観が変わるほどの変化や不都合なことへの対応は後手後手となりがちです。これはしかたがないことであると思います。自分が重病に・不治の病に陥った時のことを想像はできますが、それが日常となってしまった時のことまでは想像が及ばないと思います。当然、心の準備は無いに等しいです。天災のような場合以外には、同境遇の仲間は見つけにくいです。大抵は、自力で乗り越えることになりますので、容易ではありません。
心理的、社会的に遺族が孤立しないように支援体制が求められるところです。悲しみへのケアがあると、早期に自分の混乱とその整理、亡くなった方の生きた意味・自分の生きる意味、人生の意義などに気づくことができて、前向きに人生を捉えなおすきっかけとなるでしょう。
グリーフGrief とグリーフケアGrief care
喪失と立ち直りの思いとの間で揺れる時
死別を経験しますと、しらずしらずに亡くなった人を思い慕う気持ちを中心に湧き起こる感情・情緒に心が占有されそうな自分に気づきます(喪失に関係するさまざま思い:「喪失」としてまとめます)。また一方では死別という現実に対応して、この窮地をなんとかしようと努力を試みています(現実に対応しようとする思い:「立ち直りの思い」としてまとめます)。この共存する二つの間で揺れ動き、なんとも不安定な状態となります。同時に身体上にも不愉快な反応・違和感を経験します。これらを「グリーフ」と言います。グリーフの時期には「自分とは何か」「死とは…」「死者とは…」など実存への問いかけをも行っています。
このような状態にある人に、さりげなく寄り添い、援助することを「グリーフケア」と言います。
人生における危機を、回復をもたらす力(レジリアンス)となる転機に
大切な人を亡くした時の悲しみが、深く複雑なものとなりやすい現代に生きる私達です。それは悲しみに寄り添う人の存在感が薄れたためです。
実際、死別経験者は、感情にふたをしてしまい十分に悲しむことができずに、長年にわたる未処理感を燻(くすぶ)る人と、また一方では、予想を超えるような感情のゆさぶりに苦しむ人々がいます。今後は後者のような方が増えていくかもしれません。
この苦痛の期間とは、まさに“人生危機”の時期にあたりますが、キチンと対処がなされれば、発想や生き方までも変えうるような個人のパラダイムシフトへとつなぐエネルギーを秘めてもいる大切な時でもあるのです。
死別を経験しグリーフに陥り、突然不慣れな環境におしこまれた時に、じっくりと繰り言を傾聴してくれる人、さりげなく寄りそうサポート・ケアは大変心強いものです。サポートにより自ら進むべき道を確認するきっかけになります。これらの援助を「グリーフケア」といいます。人生の節目において、「苦境はチャンスだった」と後々思えるようにお力添えができるケアを目指したいと考えております。
グリーフの反応
人間は「生老病死」という宿命から免れることができない以上、いずれは「愛別離苦」という愛する人の死に遭遇します。配偶者、子供、両親、兄弟姉妹など、生きる時間を共有してきた大事な人を失うと、深い、どうしようもない悲しみに包まれます。
深い悲しみがストレッサーとなり、様々な不調をもたらします。
心(精神)的な反応
長期にわたる、「思慕」の情を核に、感情の麻痺、怒り、恐怖に似た不安を感じる、孤独、寂しさ、やるせなさ、罪悪感、自責感、無力感などが症状として表れます。
身体的な反応
睡眠障害、食欲障害、体力の低下、健康感の低下、疲労感、頭痛、肩こり、めまい、動悸、胃腸不調、便秘、下痢、血圧の上昇、白髪の急増を感じる、自律神経失調症、体重減少、免疫機能低下などの身体の違和感、疲労感や不調を覚える。
日常生活や行動の変化
ぼんやりする、涙があふれてくる、多くの「なぜ」「どうしよう」の答えを求められ、死別をきっかけとした反応性の「うつ」により引きこもる、落ち着きがなく なる、より動き回って仕事をしようとする、故人の所有物、ゆかりのものは一時回避したい思いにとらわれますが、時が経つにつれ、いとおしむようになるなど
以上のような症状は、混在して、それも時をかまわずして起こります。さらに困ったことには、きっかけさえあれば、何年か後に再発することもあるのです。恐らく、グリーフという根の深い事柄だからこそなのでしょう。
悲嘆にまつわる主たる日本人の反応
グリーフ(悲嘆)のプロセスとは、喪失と立ち直りの思いそれぞれとを天秤にのせた心の動きをします。一日のなかでも上下し、さらに回復に従い週・月単位などで変化させつつ進んでいくと考えるのが適切です。回復に従って動きが鎮静化に向かいっていきます。また文化・社会宗教的、時代によって異なることを考慮してはじめてぴったりした悲嘆の反応が理解できます。
これまで段階的、位相的な経過をたどるとされてきましたが、ショック期の後をいくつかの段階に分けることや位相のように重なるというよりも、より悲嘆にくれる人を納得させるでしょう。
筆者の研究によると日本人に特徴的な死別の主たるものは、(1)亡くなった人を思い起こし・愛しい・恋しい思いに占有される「思慕と空虚」、(2)人と違ってしまったような気後れ感覚に代表される「疎外感」、(3)何もやる気がしないうつにそっくりな「うつ的不調」、そして(4)自分を奮い立たせようとする「適応・対処の努力」などの代表的な反応がみられます。
4つは、喪失と立ち直りの思いに分かれて天秤に乗ります。
悲しみを癒すためには
1. グリーフにより起こることについて知識をもつこと。…おおよその一般的症状(反応)、悲嘆の期間など。
2. 充分に悲しみ、何らかの方法で悲しみを表出して行きます。
受け止めてくれる人の存在や自ら悲しみを整理して行く作業が必要です。信頼できる場での心の解放、悲しみを癒すための機会創出、システマティックな心の整理を行うことによって、グリーフを軽減させることができます。
3.時には、人の情けや助けをすなおに受け入れましょう。また、人さまの力をお借りしましょう。そしていつしか人生のなかでお返ししようと言う思いを失わずに生きてみましょう。
複雑な悲嘆について
悲嘆は死別後にみられる深刻ではあるけれども、あくまでも正常人に発生する正常反応と考えられています。
以前には病的悲嘆と呼称されていた遷延的悲嘆、慢性悲嘆、回避的悲嘆、遅発性悲嘆,誇張的悲嘆、仮面的悲嘆など、さまざまなバリエ―ションの存在が知られてきました。それらは“複雑な悲嘆”に統一されつつありましたが、2007-2009年には正式に「複雑な悲嘆Complicated Grief」とされました。 そしてアメリカの精神医学会は、診断基準をさらに深め、2013年には継続性のある複雑な悲嘆Persistent Complex Bereavement Disorder:PCBDを付け加えています。